閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次

ウォルマートに呑みこまれる世界  

 − チャールズ・フィッシュマン

 この書を読んで、若い頃、日用雑貨品をスーパーに売っていた時の事を懐かしく思い出してしまった。「消費者は王様」「価格の破壊者スーパー」・・・。昔はメーカーが市場を支配していた。それが昭和三十年代の終わり頃から選手交代となり、スーパーが市場を支配するようになって来た。当時D社がスーパーのトップであった。D社は力をもっていた。何を言われても聞かざるを得ない。あまりひどいので公取に駆け込んだ。公取が言うのには「出荷停止にすればよろしい」。しかし出荷を止めたら途端に商品が売れなくなってしまって万歳。まあスーパーには散々悩まされたものだ。

  ウォルマートと言えば、あらゆる業種を通してアメリカ最大の、否世界最大の売り上げを誇っている会社である。その影響力はアメリカを揺るがすほどであり、今後は世界経済に影響を与えるようになるであろう。

  なにしろウォルマートは全米に三千八百店舗を有している。人口の半分以上がウォルマートの半径一五マイル以内に住んでいる。そして毎週国民の三分の一がウォルマートで買い物をしている。更にウォルマートは米国のみならず、メキシコ、カナダで最大、イギリスに於いても二位の小売企業になっている。

  ウォルマートについては色々な人が調査研究している。しかしウォルマートは秘密主義で経営内容を明かさない。ただ言えることは徹底した「安売り」で成功を収めてきたと言うことであろう。

  著者はこのような状況下、膨大な資料に基づき、ウォルマートのイフェクトについて調査分析している。ウォルマートの根源の「安売り」は社会にさまざまな影響を及ぼしてきた。「安売り」はコンペチターを倒す。サプライヤーを疲労させる。従業員の負荷を増大させる。それでもウォルマートとの関係を絶つことは生存を危うくする。

  著者はウォルマートのイフェクトについてさまざまな角度から問いかけている。

    ウォルマートはいったいどの位値を下げているのか。

    ウォルマートが出店すると地域に新たなビジネスが生まれるのか消滅するのか。

    ウォルマートが出店すると地域に新たな雇用が生まれるのか犠牲になるのか。

    ウォルマートはサプライヤーの効率を促進するのか。

    ウォルマートと取引するのは経済的に健全なのか。

  

  ウォルマートは品質が変わらなければ、毎年五%の値下げをサプライヤーに要求する。以前こんなことがあった。C社の人を招いて研修会で話をしてもらった。講師の言うのには

「わが社では毎年五%ずつサプライヤーに値下げを要求しています」。そんな馬鹿なことがあろうか。毎年五%ずつ値下げをすれば遠からずゼロに収斂してしまうではないか。しかしC社は今日ダントツの優良会社になっている。

  同様にウォルマートは値引きを要求する。それに耐え切れない企業は脱落していく。それは倒産を意味する。継続しても倒産、いずれも浮ばれない。ウォルマートは繁栄していく。ウォルマートはサプライヤーがついてこられなかったらどうするのか。中国をはじめとするチープ・レーバーが潤沢にいる国がいくらでも待っている。品質は多少ダウンしても品揃えは欠かさない。

  それではウォルマートとは付き合わないで繁栄する道はないのか。それは高級品路線と手厚いサービスである。本書にも若干の成功例が紹介されているが、決してそのビジネスはメジャーにはなり得ない。

  ウォルマートが進出すれば人が集まる。すると周辺の小売店がおこぼれで潤う。現実にはそんなことはない。余程特殊なものか高級なものでないと余禄は生まれない。一般の小売店は閉店を余儀なくされる。

  又ウォルマートが進出すれば雇用が拡大すると言われた。しかし実際にはその地区全体の雇用は縮小している。それはそうだろう。その地区全体の需要が変わらなければ、生産性のきわめて高いウォルマートの進出によって、雇用は当然縮小してしまう。

  ウォルマートは従業員の生産性を挙げることに徹底している。此処にもう一つ安売りの源泉がある。それを支えている創業者から引き継がれている哲学、勤勉・質素・倹約・規律・改善は今でも脈々と生きている。しかも此処から生じるコストダウンは安売りにまわす。しかし反面問題も起きている。サービス残業で従業員から訴訟を起こされたり、清掃作業に不法移民を使い捜索を受け、最高の罰金を払わされたり、性的差別により史上最高の集団訴訟が起こされたり、しばしば労働環境問題を起こしている。

  ウォルマートは資本主義市場経済の下に成長をつづけてきた。しかし今や市場をコントロールする力を持つようになった。市場における自由な競争は失われ生殺与奪の権を手にするに至った。ある調査によると、ウォルマートの反対派も支持派とあまり変わらないくらいの買い物をウォルマートでしているそうである。やはり消費者は「安売り」の魅力には抗し切れないのであろう。何でもアメリカの消費者物価指数に影響を与えているそうで、「安売り」の威力は絶大である。

  それともう一つウォルマートの成長を支えてきたものは、創始者から伝えられてきた質素・倹約の精神であろう。それは時には労働問題を引き起こしたが、「安売り」を支える源泉であることは間違えない。

  わが国でも最近大型店同士の競争が激烈になってきた.我が家の近くにも大型ショッピングセンターが三軒開店した。いずれも従来のものとは比べられないほど規模が大きく、品揃いが豊富である。専門店を取り込み、映画館を設置し、子供づれでやってきても日がな遊べるようになっている。

  こうなると従来の小売店や中小型スーパーは閉店に追い込まれてしまう。商店街はシャッターを下ろし、地域のコミュニティーの中心が失われてしまう。大型店は車を対象に成り立っている。高齢化の進展と共に老人はショッピングに不便になる。結局、配達に頼らざるを得なくなり、「安売り」のチラシを眺めるだけになる。

  最近ウォルマートが日本に本格的に進出して来ることになった。これまでは日本ではあまり成功してないようであるが、今度は西友の株を全額買収、本気になっているようだ。日本の市場にどうフィットするか極めて注目されるところである。

                        ( 2007.11 )