閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
 トヨタがGMを越える日          
        ――― ミシェリン・メイナ
ード


  
  こんな事が生涯の内に起ころうとは。ベルリンの壁が崩壊した時に誰しも思った。しかし、「トヨタがGMを越える日」と言う表題を目にしても、誰も不思議に思わない。だが時計の針を二、三十年戻してみると、それは到底起こりそうも無い事であった。何がトヨタを、GMをそうさせたのであろうか。
  トヨタが日本を代表すると言うよりも、世界を代表する巨大優良企業であることは何人も否定しない。何しろ企業買収価値は十八兆円に及ぶそうである。新聞の書評に「トヨタがGMを越える日」というのが出ていた。面白そうなので本屋に行って驚いた。トヨタ・コーナーがあって、トヨタに関する本が二十五冊並べられていた。それだけ人々はトヨタの成功の秘密に関心が深いのであろう。
  二十世紀のアメリカの産業をリードしてきたのは、なんと言っても自動車産業である。今から三十年程前、あるミッションで欧米を回った事がある。その頃のデトロイトは活気に溢れていた。早朝から労働者が続々工場に向かって歩いていた。メンバーの一人にトヨタの人がいた。偶々トヨタ車が見つかると、小躍りして近寄っては調子はどうかと尋ねていた。

  本書は自動車ジャーナリスト、ミシェリン・メイナードが長年にわたる現場取材を元にして書き上げたもので、自動車愛好家にも、経営者にとっても参考になる読み物でないかと思われる。
  会社が栄枯盛衰するにはそれなりの訳がある。その殆んどは人がなせる業である。さしも繁栄を誇ったデトロイトの凋落、これに変わる外国勢、殊に日本勢の躍進、それにはそれなりの理由が存するのである。 

  ヘンリー・フォードが一九〇三年初めて自動車を販売してちょうど百年、デトロイトはその座を外国車に譲ろうとしている。四十年前にはアメリカの自動車は十台に九台以上がデトロイト製であった。それが今では十台に四台は外車になってしまった。かっては百万人の人がデトロイトで働き、関連を入れると五百万人の雇用を創出していた。自動車産業はアメリカにとって花形産業であり、その影響は真に大きかった。
日本車がアメリカに拠点を持ち、本格的に進出してからまだ二十年しか経っていない。この間アメリカの消費者は続々と外車に乗り換えていった。何故アメリカ自動車産業は没落したのか。何故こんな事になってしまったのだろうか。それは一言でいえば、消費者が買いたくなる自動車、消費者の関心を捉える自動車を作ってこなかったからである。
  伝統的なセダンからSUV、ピックアップ・トラック、ミニ・バン・・・・消費者の好みはめまぐるしく変化する。デザインもそうだ。アメリカン・ドリームの象徴のような華麗なスタイル、と思えば極めて斬新なスタイル、そうかと思えばデトロイトが馬鹿にするバニラ味と言うトヨタの万人向けの車。更に性能に対する要求も変わってくる。高馬力、高燃費では済まされない。省エネルギーで高性能な車が求められてくる。ついにはハイブリット・カーの出現。ここでもデトロイトは遅れをとった。デトロイトは消費者のニーズを捉え切れないまま、製品開発が後手後手に回ってしまった。製品開発のリードタイムが長いのも災いしている。
  九十年代自動車産業は空前の活気に沸いた。このチャンスにデトロイトの経営者は製品開発でなく商談に重点をおいた。無利息ローン、キャッシュバック、リース契約、レンタル会社に対する優遇措置・・・様々なインセンティブを繰り出した。それは一時的には有効であったが、麻薬みたいなもので、長期的な販売戦略にとってはむしろマイナスであった。
  
  日本の企業には哲学があった。トヨタは「知恵と改善、人間の尊重」と言っている。ホンダは「人間尊重、人間への根本的信頼、自立、平等、信頼 ―― チームワークと知識の共有」と言っている。そしてその哲学を徹底する為に研修制度を強化している。
  「テイアン」「カイゼン」は今や外国でも通じる言葉になっている。トヨタでは毎年二百万件の提案が現場第一線から上がってくると言われている。これがトヨタの技術を支える力になっている。日本企業の強みは、なんと言ってもその優れた生産システムである。絶大な信頼がおける品質、少量・多品種・即納を可能にする生産システム、加えて新製品開発のリードタイムの短期化にある。そして車の両輪、顧客重視の姿勢。正にマーケティングの教科書を絵に描いたようである。

  この本にデトロイトを揶揄してこんな事が書かれている。国境なき時代、いまや部品は世界各国どこからでも調達できる。組み立ては最も賃金の安い所ですればいい。デザインは独立したデザイン・センターがある。最早自動車会社のトップのするべき仕事はネーミングだけになってしまった。・・・・
  デトロイトの経営者は輸入車の秘密を解き明かそうとして、手間暇かけて研究した。しかし完全に理解する事は出来なかった。そこで各社は日本企業と合弁事業に活路を求めた。しかし結果は良く分らないと言う事だった。彼等は言い訳を外に求めた。いわく外国メーカーはダンピングしているからだ、曰く自国通貨を安く維持しているからだ。・・・・

  アメリカの自動車産業にもう一つの問題がある。それはUAW(全自動車労組)の存在である。デトロイトはUAWとの長い歴史の中で様々の協約を結んでいる。雇用保障、年金、健康保険等手厚いメリットが与えられ、それは当然コストにはね返り、一台に一二〇〇ドルに及んでいる。それのみか労使の間で様々な取り決めがあって、情報が下から上にあがるのに時間がかかり。またフレキシブルな生産体制が組み難い仕組みになっている。
  日本の企業はUAWの勢力の及ばないところに立地し、南部のデトロイトと呼ばれるようようである。日本でも日産が衰退した原因の一つに、過去において労働組合と経営陣との確執があったと言われている。労使関係も一つ誤ると社運を揺るがしかねない。

  本書には二〇一〇年にトヨタがGMを追い越すと書いてある。デトロイトが目覚め、かっての栄光を取り戻すにはトゥーレイトであると言っている。本書の帯にもう一度注目しよう。「ものづくりの心と顧客重視で業界地図を塗り替える!」

                          ( 2,004・12 )