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日本人へ リーダー編

       塩野七生

  塩野七生氏が文藝春秋の巻頭随筆に書いていたものを、この程単行本として上梓した。「日本人へ」。氏はイタリア在住40年、膨大な資料に基づいて、ローマの歴史、地中海物を著してきた。

  私は出版文学賞を受賞した「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」を読んで氏の著作に興味を持ち、多くの著作を読んできた。分けても「わが友マキアヴェッリ」には大変興味を覚えた。フィレンツェを訪れたとき、マキアヴェッリが鞄を小脇に背を丸めて往復したと言われるポンテ・ヴェッキオを渡るときはいささか興奮を覚えた。

  しかし氏の労作と言えば、何と言っても「ローマ人の物語」全15巻であろう。一年一作、ローマに腰を据えて書き上げた大作である。

  今回氏の随筆集の中から3篇選んで紹介してみようと思う。

(継続は力なり)

  さしもの繁栄を誇ったローマ帝国も、3世紀に入るや大きな危機に遭遇した。その原因は沢山あるが、氏は一つだけ取り上げてみると、ローマ帝国が3世紀に入ると、政策の継続性が失われてきたからであると断じている。

  これより一世紀前のローマは、五賢帝の時代と言われ繁栄を謳歌していた。皇帝の在任期間は平均で20年。それが3世紀に入るや平均で2年という短い間で交替している。

  人の事は言えない。わが国の首相の変わり様はどうであろうか。平成に入って16人の首相が生まれている。サミットに出席の顔ぶれは毎回変わる。これでは外国の首脳は日本人のどの首相を信頼して話し合えばよいか分からない。

  国民だって同じことである。国の進む方向を大きく変える政策ほど実行には手間取る。トップは強い意志を持ってこれを貫いていかねばならない。継続する行動が大切であると氏は断じている。

  にも関わらず危機の時ほど、指導者が頻繁に変わる。首をすげ替えれば上手く行くと人々は思う、マスコミがそれをあおる。立派なマニフェストを作り、立派な指導者を仰いだ。今度こそ上手く行きそうだ。

  ところが、僅か8ヶ月で指導者は替わり、マニフェストは見直し。国民は一体どうなるのであろうか。第一対外的な信頼も失われてしまう。独裁者が親子代々引き継ぐのも困ったものだが。

  この事は会社の経営に於いても言える。業績の悪い会社ほどトップがよく替わる。業績の良い会社は長続きする。しかし余り長期に亘ると色々と弊害も出てくる。難しいものだ。

(成果主義のプラスとマイナス)

  氏はこんな事を言っている。組織には三層の人が居る。第1層は刺激を与えるだけで能力を発揮するタイプ。第2層は安定を保証すれば能力を発揮するタイプ。最後は刺激を与えても成果を出さない人。その割合は、2割、7割、1割あたりになるという。戦後の日本の成功はこの第2層7割の人を活用した所にある。

  高度成長期、日本では、会社はつぶれない。自分は定年まで安定して働ける。給与は毎年上がっていくという三種の神器を信じて一生懸命働いてきた。この安定志向は真中の7割の層には強烈なモチベーションになってきた。外国人が日本の労働者と話をすると、まるで経営者の様な事を言うと驚いたものだ。日本の労働者の愛社精神は強かった。

  しかし高度成長にも終わりを告げると、世の中に変化が起こってきた。安定志向に生きる人達をけしからんといい始めた。そこで能力主義、成果主義ということが唱えられてきた。安定志向は否定され、第2層の生産性は落ち始めてきた。同時に腰を据えて一つのことに集中するいわば職人芸といわれる日本人の美徳が失われてきた。現場サイドの改善が生まれてこなくなってきた。そこへこの大不況、企業は派遣労働者を雇用して、労務費の削減を図ろうとする。日本の美徳第2層は失われてしまった。彼らはマシンの一部であり不安定の中で働かされている。

(はた迷惑な大国の狭間で)

  「ローマ人の物語」第一巻を、氏は「読者へ」と題して次の一文で始めている。地力ではギリシャ民族に劣り、体力ではケルトやゲルマン民族に劣り、技術力ではエトルリア民族に劣るのが、自分達ローマ人であるとローマ人自らが認めている。

  そのローマ人が1000年余に亘って一大文明圏を築きえたのは何故か。氏はそれを考え続け12年後に一つの結論を得た。それは決して軍事力によってのみではない。ローマ人は持てる力の徹底した活用を行ったのである。一つ一つの能力では劣っていても、全てを統合する力では断然優れていた。

  七つの海を制し、世界を支配したと見られるイギリスはどうであったか。それは単に軍事的に占領し、植民地として支配したに過ぎない。それらはやがて力を得て独立していった。それがローマであったならどうであろう。占領地の政治を現地の優秀な人材を起用して任せるだけでなく、積極的に彼らをローマに連れてきて、要職につけ活用したのである。

  近頃会社の吸収合併が盛んに行われるようになった。被合併会社に有能な社員を残すのでなく、本社から要職の一部に天下っていく例がしばしば見られる。ましてや本社の要職の一部に被合併会社のメンバーを登用しようという事は考えられない。

しかし日本の企業も近頃外国人の経営者を登用する例が時折見られるようになって来た。色々な狙いがあるのだろうが、日本もローマ式の考え方を取り入れる時期に来ているのではなかろうか。

  ローマ1000年の歴史は我々に色々なことを教えてくれる。塩野七生氏は現地に頑張って詳細な資料に基づいてその歴史を紐解いてくれた。歴史に学ぶことは多い。ことにこの1000年の成功物語に於いては。

(1010.08)