閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
          最高の人生の見つけ方                  

 

  ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン、両者合わせてアカデミー賞受賞とノミネート16回を数える名優、その丁々発止の名演技にしばし時を忘れ観入ったものだ。

  末期がん、余命6ケ月と宣告されたら、人は余生をどう送るであろうか・この映画の二人の場合、その瞬間から人生が輝き始めた。その6ケ月、この作品は観るものにある種の感動と勇気を与える。

   

  一代で巨万の富を築いた実業家が、末期がんで余命6ケ月と宣告される。そして自らが経営する病院に入る。彼はかねがね病院は二人部屋がよいと言っていたので、金持ちなのに二人部屋に入る。そこには先住者がいた。見るからに勤勉そうな自動車修理工。その彼も余命6ケ月と宣告されている。

  片や大金持ち、片や自動車修理工、その二人を結びつけたのは一通のリストであった。そのリストにはこれからの6ケ月の間、最高の人生を見つけるために、これまでしたくても出来なかったことをしようと話し合って書き留めたものだ。「一生分笑う」「荘厳な景色を見る」「ライオン狩りをする」「マスタングを運転する」「スカイダイビングをする」・・・・。

 

  その昔、黒澤明監督の「生きる」と言う映画があった。志村喬演ずる市民課課長が末期がんの宣告を受ける。彼は生きているうちに何か市民の為に役立つことを遺したいと思い、小公園を作る。雪の降る晩、公園のブランコに揺れるラストシーンは、ゴンドラの歌とともに、今でも心に残っている。

  

  金持は何でも好きなことが出来ると思われがちであるが、そうはいかない。第一暇がない。結構したくて出来ないことは一杯ある。自動車修理工の方は,家庭のため仕事一途の生活を送ってきた。勿論旅行などいけるはずもない。

  インドのタジマハール、エジプトのピラミットの見物、北極のオーロラ観光、エベレストのトレッキング、アフリカのライオン狩り、最高級のフランス料理、マスタングの運転・・・・。リストは次第に消されていく。金持の自家用ジェット機に乗って二人は世界を駆け巡る。しかしなんと言っても極めつけはスカイダイビングであろう。死を前にしてもなかなか空中に飛び出せない。幾たびか逡巡した末添乗員に押し出され空中に浮ぶ。

 

  かくして6ケ月が過ぎ、リストは大半赤線が引かれた。実業家はこれまで経験しなかったことに接し、こんな世界もあるものだなと感心した。修理工の方は、勿論この実業家に会えなければこんな贅沢な経験は出来ようはずもなかった。彼にとっては人生の最後を飾る一大イベントであった。

 

  運命は無常である。6ケ月の決まり通り修理工は亡くなった。実業家は人々を前にして、私がこの6ケ月の間、世界中を飛び回って得たものは同室者との間に芽生えた友情である。これは他の何ものにも変えがたいものである。・・・・

 

  少し前のこと「象の背中」と言う映画があった。役所広司演ずる主人公が、末期がんで余命6ケ月と宣告される。本人は延命治療を拒否し、残りの人生を全うしようと思う。遺された時間、今までに出会った大切な人に会い別れを告げてこようと思う。そしてそのリストを作り、一つずつ消していく。

  やがて病状が進み、会社も辞め、最終的には美しい海の見えるホスピスで生涯を閉じる。この間の妻と二人の子供との愛の物語は淡々としたつくりだけに感動を呼んだ。

 

  車に乗ってラジオを付けると、いきなり戸塚さんの訃報が入ってきた。たまたま読みかけていた文芸春秋に、戸塚さんと立花隆の対談がのっていた。「ノーベル賞に最も近い物理学者が闘う生と死のドラマ―――がん宣告(余命19ケ月)の記録」と言う表題である。戸塚さんは98年に世紀の大発見、ニュートリノの質量観測に成功し,ノーベル賞確実と言われた人である。しかし好事魔多し、戸塚さんは2000年にがんが見つかり、手術をしたが手遅れであった。

  それから長い闘病と仕事の両立の生活を送ってきた。ガンの薬は副作用がひどく、又続けると効用が薄れてくる。戸塚さんは何とか若い人が頑張っている実験設備が09年までに立ち上がるので、それまで生きていたいと言っていた。それがラジオの訃報である。

 

  近頃有名人でガンの告知を受けるとあえてそれを公表し、手記を発表する人がいる・大部分の人が人生の最後を立派に送ろうとしている。戸塚さんはさすが超一流の物理学者。苦しい闘病生活を乗り越え困難な研究を推進していく。そしてその中でも治療方法とその効果を分析し纏めている。戸塚さんは科学者として立派な最後を飾った。

 

  余命6ケ月と宣告された人の余生の過ごし方は様々だ。金持だからといってしたい放題遊び歩くこともなかなか出来ないだろう。最後に二人が向き合って馬鹿笑いするシーンがあった。例のリストに書かれてある。一生分笑うと。彼らの人生は笑いで締めくくられたのである。  

 

                     ( 2008.07 )