閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
     コーラス     
              

  この映画の事を聞いたとき、私の頭には直ちにアメリカ映画「ミュージック・オブ・ハート」が浮かんできた。ニューヨークの黒人街の真中の小学校に赴任してきた音楽教師が、大変苦労して子供達にバイオリンを教え、次第に上達していく話。ラストはカーネギーホールで演奏会を開くという感動物語。なんとその演奏会にはパールマン、スターンといった巨匠も客演している。
  この映画「コーラス」はフランス映画、なかなかハッピーエンドでは終わらない。音楽家になりそこなった教師が、問題児を集めての寄宿学校に赴任してくる。音楽教師はコーラスを通じて子供達の心を開かせようと努力し、その試みは成功を収めたかに見えたが、ラストに事件が起こり、学校を首になり子供たちと別れざるを得なくなってしまった。
  「ミュージック・オブ・ハート」の方はハッピーエンドだが実話を基にして作られている。この「コーラス」の方は監督自身の体験が基で作られたフィクションである。しかし音楽が人々の心に訴え、動かし、開かせるといった話は、又人々に感動を与えずにはおかない。この「コーラス」が二00四年、フランス映画史上空前のヒットを記録し、公開十五週で七百五十万人の観客を動員し堂々一位に輝いた。そして子供の声を収めたサントラ盤は三ヶ月チャートの一位を独走し、更にその影響で百万人のフランス人が合唱団に登録したと言う。かくもフランス人の心を動かしたものはなんであったろうか。
  そしてこの映画はフランスのみならず、数々の映画祭にもノミネートされ。感動は世界に広がろうとしている。わが国でも文部科学省特別選定に選ばれている。

  舞台はフランスの片田舎、この学校は訳あって親元を離れて暮らさざるを得なくなった子供達が預けられている。校長は厳しい教育方針で臨み体罰も常套となっていた。子供達は固く心を閉ざし隠れていたずらをして又校長の体罰に会うという毎日。
  そこへ赴任してきたのは失業中の音楽教師。はげ頭の風采の上がらない中年の男。教師は校長の厳罰主義に断固反対、何とか少年達の心を開かせようと努力する。少年達に将来の夢を書かせてみたらなんとそれぞれに夢を持っているではないか。
  しかし現実は別。この悪ガキたちは次から次へといたずらをする。校長は厳罰を命ずる。教師は板ばさみ。そんな時母親に伴われて札付きのワルが入ってくる。混乱はいっそう深まる。あるとき教師はこの子達にコーラスを教え、音楽の楽しさを体験させ、閉ざした心を開かせようと思いつく。早速一人ひとりに歌わせてパート分けをする。そのとき一人の少年が大変な美声の持ち主であることが分かり、早速ソロに登用、コーラスも格好が付いてきた。
  一方体育の先生も音楽の教師の考え方に賛成、体育と音楽で子供達を再生させようとする。生徒達に明るさが戻ってきた。しかし世の中はそう上手くいかない。校長先生の部屋から大金が盗まれる。校長は激怒。コーラスは禁止。困った教師は地下で秘かにコーラスを続ける。
  やがてこのコーラスの噂が広まり、近くに住む伯爵夫人が聴きに来る。夫人はコーラスもさることながら少年のソロに痛く感動する。
  教師はソロの母親に会い、息子をリヨンの音楽学校に入れることを薦める。そしてその夢のような話は実現した。
  だがフランス映画だから中々ハッピーエンドとはならない。校長が伯爵夫人に招かれ外出した留守に、教師が生徒達を近くの森に連れて行った。そのとき誰もいない寄宿舎が放火によって焼けてしまった。教師はもちろん首、荷物をまとめてすごすご引き揚げる。そのとき教師の頭上に沢山の紙飛行機が舞い降りてきた。そこには生徒達のお別れのメッセージが書かれてあった。生徒たちは屋上から盛んに手を振っていた。
  教師がバスに乗ろうとしたとき、生徒の中で一番のチビが是非連れて行ってくれと懇願する。チビは父親の「土曜日には必ず迎えに来るから」という言葉を信じて、いつも門のところに立っていた。一旦断った先生はチビをバスに乗せて去って行った

  この映画が何故フランスで大うけしたのであろうか。洋の東西を問わず教育現場は混乱している。この校長の教育方針は、この学校が特殊な学校であるからまかり通っているので、一般にはなじまない。特にわが国においては教師が生徒を殴ったなんていったら大事件だ。高校野球でよく問題になっているが。
  結局「触らぬ神にたたりなし」見てみぬふりをしてしまう。悪童はますます図に乗り、悪が悪を呼ぶ。次第にワルが勢力を持つようになる。彼らの心を開かせるのは一体なにであろう。音楽の力は確かに偉大だ。しかしそれだけであのワルの集団が立ち直るとは思えない。やはりこの音楽教師が生徒の立場や考え方を理解し、あのうるさい恐ろしい校長に立ち向かう姿を生徒が見ているからであろう。そして音楽にかけるひたむきな情熱を感じたのであろう。
  会社に於いても部下の指導のあり方について、常にソフト派とハード派があって議論になる。要はリーダーの感受性の問題であって、その表現には人それぞれの個性があるのではないかというような結論になってしまう。

  この映画が多くのフランス人の心を捉えたのは、物語の内容が優れているからであるが、やはりこの映画に出てくる子供達の澄んだ天使の声によるところが大きい。映画に出てくるコーラスは口パクで、歌っているのは世界的に有名な「サン・マルク少年少女合唱団」である。ソロを受け持つ少年は三千人の中から選ばれた十三歳の美貌の少年である。勿論本人自身の声だが、その澄み渡った歌声は聴く者の心を打たずには於かない。
  この映画の冒頭、二人の初老の男が五十年ぶりに再会、昔話に興じるシーンがある。一人はこのソロの少年、今一人は先生に付いて行ったチビである。このシーンがこの物語の続きを想像させ、なんとなく心が安らぐ。それともう一つ、映画の終わりに、この校長の仕打ちがあまりひどいので、学内一致協力して校長の非を訴え、ついに校長自身が首になったという話が字幕に流れ、ひとごとながら快哉を叫びたくなるところがあった。

  この映画は文部科学省推薦と言うことで、かえって敬遠されるのでないかと心配されるが、是非子供達や父兄達に観てもらいたいと思う。

                            ( 2005・09 )