閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
      ALWAYS 三丁目の夕日     

  「最早戦後ではない」といわれ、高度成長の時代に入ったのは昭和三十年の事である。この映画は正にその時代、舞台は東京タワーの見える下町の一画、そこでは我々にとって懐かしい風景が展開されている。

  路地裏には用もないのにやたらと人が出て、大きな声で喋っている。その間を縫って腕白小僧が走り回り、時にはミゼットと言う小型三輪がガタガタ音を立てながら入ってくる。いかにもセットというつくりだが、当時の下町の景観を良く出している。

  蒸気機関車が若者を満載して上野駅に着く。集団就職の一行だ。そんな中から一人の女の子がこの町にやってくる。就職先は自動車の修理屋さん。娘は大会社をイメージしてやって来たのにがっかり。店の主人は自動車修理の専門家がやってくるとばかり思っていたのにこれまた思惑はずれ。二人はそのすれ違いで大喧嘩。やがて主人の誤解であることが分かり、主人が謝り仲直り。二人でがんばって大会社にしようと励ましあう。

  やがてこの店の前に人だかり。なんでもテレビがつくそうだ。力道山の空手チョップに人々の目は釘づけになる。そう言えば私が就職して工場の寮にいた頃、談話室にテレビが入った。さあ大変、力道山が始まると、町の人が押し寄せて大歓声。都市対抗の決勝にわが社が出たときなんか、テレビの前で町を挙げての応援であった。

  この店は近所ではリッチのほうで、電気冷蔵庫、電気洗濯機と次々に揃える。当時は三種の神器と言い、花嫁道具の花形であった。

  この町に一軒の飲み屋がある。そこに売れない小説家が入り浸っている。美人のママは友達に頼まれ子供を預かったものの、その処置に困っている。そこで色仕掛けでこの小説家に子供を押し付ける。小説家は独り者、何とかその子を追い払おうとしたが、少年は必死になってついてくる。

  小説家は子供向けの雑誌に寄稿しているが、少年がそのファンであることが分かる。その上その子が意外や文才があることも知れる。小説家がその子が書いたものをパクッて投稿したら何と採用になったではないか。小説家は少年に詫びたが、少年は喜んでくれた。そんなことで二人の間には友情のようなものが芽生え、仲良く暮らすことになった。

  一方自動車修理の女の子は、休みも取らず必死なって働いてくれる。家の者も感心して正月にはくにに帰るよう休暇と切符を与える。娘は就職が決まったときに、母がこれで口減らしができた。もう家に戻らぬようにと言われたので帰らないと言う。奥さんは娘に沢山の手紙を見せる。母から毎月送ってきた手紙である。娘が里心つくといけないので見せないようにとの事。娘は初めて親心を知る。

  そんな或る時、町にはそぐわない高級車が入ってきて、中から立派な紳士が降りてきた。紳士はある会社の社長で、大金持ちの様子。少年は社長が妾に産ませた子で、妾は首にしたが、この子は認知して育てたいとの事。謝礼は充分するからといって、少年を車に乗せ連れ去ってしまった。小説家は必死になって後を追う。しばらくすると逃げ帰った少年とばったり出会う。・・・・

  この映画は最近の日本映画の中では評判が良く、既に三十億円近くの興行成績を上げているそうである。前半がコミカル調で入りやすく、後半の人情物の仕立てがなかなかの感動を呼ぶものと思われる。結構我々と同世代の人が来ていたが、彼等は自分の当時の生活や世の中の様子とダブらせて、懐かしく、かつ共感を憶えて見ているのだと思う。

  戦後の十年は食うや食わず、真に辛い時期であった。「最早戦後ではない」と言われてもピンと来なかった。三十年に入り少しずつ物が出回り始めた。この映画の背景に建設中の東京タワーが映っている。あたかもそれが豊かさのシンボルのように。テレビに映る力道山もそうであろう。

  苦しい時にはお互いに助け合う。この時期にはまだ人情が豊かであった。隣組の精神が残っていた。しかし物質的な豊かさと精神的な豊かさとはどうも両立しがたいように思える。やがて三十年代も後半に入り、東京オリンピックを迎え、新幹線が走るようになった。高度成長もいよいよ加速し、三種の神器など過去のものとなってしまった。人々の関心は車や、家に移っていった。路地裏で騒いでいた子は塾通い、外では遊ばなくなった。そう言えばおばさんの立ち話も減ってきた。

  昭和も四十年代に入り、成長はますますスピードを加え、日本は世界第二の経済大国にのし上がった。それでも一億総中流、豊かさと平等のバランスの取れた、世界でも稀な理想的国家と言われるよううなった。しかし石油ショックによる不況、その後にやってきたバブル経済も崩壊、どうも日本の経済社会がおかしくなって来てしまった。金、金、金の拝金主義がまかりとおり、人情なんていうと何だか気恥ずかしく思えるようになってしまった。

  

  今アジア各国は高度成長に沸いている。殊に中国は一時の日本のように十%成長を続けている。成長が急なあまり色々と歪が生じてくる。それが経済の側面だけなら良いが、社会の側面に起こってくる。貧富の差、地方と都市の差の拡大。

  中国の映画を観ていると、人の情け、殊に親と子の情けを描いているものが多い。中国でも最近の物質的豊かさに反比例して、人の情けが薄くなったのを年配の人が嘆いているのだろう。

  そんな折、ライブドアに強制捜査が入ったとのニュースが流れた。拝金主義の権化みたいなホリエモンは若者の成功のシンボルとしてテレビの画面を賑あわせた。天誅が下ったのであろうか。一本二百万円もするワインを一晩に二本もあけたとか、三十億円もする自家用ジェット機を乗り回すとか、どこの世界の人かと思う。しかしこれが若者の秘かな夢なのであろう。

                       ( 2006.01 )

追記  ALWAYSは昨年の日本アカデミー賞において、主演女優賞を除く12部門の受賞の栄に浴した。